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2021.06.10

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近江歴史回廊の旅 中山道~柏原宿から草津宿を訪ねて~ 柏原宿

近江歴史回廊の旅 中山道~柏原宿から草津宿を訪ねて~ はじめに

住所:滋賀県米原市柏原

交通:JR東海道本線柏原駅(次宿迄の里程:1里)

宿高2141石・町並13町・人口1468人(宿村大概帳による)

宿場の規模(軒):家数344・本陣1・脇本陣1・旅籠22

 

柏原宿は、伊吹山と霊仙山の間の細長い集落で、太平記にもみられる中世から続く、江戸日本橋から数えて61番目の宿駅です。

「この駅は伊吹山の麓にして、名産には伊吹艾(もぐさ)の店多し」と木曽路名所図会に書かれ、最盛期は艾屋が十数軒ありました。近江の中山道では最大級の宿場で民家の町並が長く続き、連子格子の家も多く静かな街道情緒豊かな宿場が印象的でした。

柏原宿:伊吹もぐさ・亀屋左京商店

広重の浮世絵は、柏原宿の名産として知られる伊吹もぐさ「亀屋左京商店」の店先が描かれています。大きな福助人形と薬艾と書かれた衝立が見え、伊吹山の形に模したもぐさの店棚の前で店員が客に対応しています。亀屋は茶屋も兼業しており、庭園を眺めながら一息入れる旅人や、絵符を立てた荷物を運ぶ人足が息杖で休息しています。亀屋の主人松浦七郎兵衛は、江戸の遊女に「江州柏原伊吹山の麓の亀屋左京のきりもぐさ」と歌わせ宣伝に努め繁盛しました。亀屋のシンボル福助人形は働き者の番頭で亀屋を繁盛させた功労者です。しっかり者の番頭と遊び人の旦那、落語の世界の様です。

亀屋左京商店の福助人形

【見所】

・寝物語の里:岐阜県と滋賀県の県境に小さな溝があり、かつてこの溝が美濃と近江の国境でした。溝を挟み両国の番所や旅籠があり壁越しに「寝ながら他国の人と話し合えた」ので寝物語の名が生まれました。

その昔、京都から奥州へ落ち延びた源義経を追う静御前が旅の途中で近江側長久寺に宿泊、隣の美濃側今須には義経の家来源三が泊まっており、気づいた静御前が「義経に会う為に奥州まで連れて行ってくれ」と懇願したとの話があります。この国境を挟んで25軒の集落があり、美濃側の5軒は美濃訛りで貨幣は江戸の金本位で、近江側の20軒は江州訛りで貨幣は大坂の銀本位であったと言われます。広重の浮世絵は、美濃最後の「今須宿」を近江国側から江濃国境の様子を風景として描いています。

今須宿:美濃・近江国境の寝物語の里

・本陣跡:本陣役は南部家が勤め、南部辰右衛門が勤めた本陣は敷地526坪・建坪138坪で今は3軒の家になっています。脇本陣は南部別家源右衛門が勤め、今は郵便局と1軒の家になっています。

柏原宿本陣跡

・亀屋左京商店:創業1661(寛文元)年の、創業以来「もぐさ」の商い一筋の専門店。司馬遼太郎著の『街道をゆく 近江散歩』に「単一商品を扱う商家としては、或いは日本最古の家であるかもしれない」と書かれました。今も「もぐさ・お灸」を販売し、店内は広重の浮世絵と同じ昔の面影が窺えました。

・柏原宿歴史館:大正時代に建てられた商家を改装し、宿場や周辺史跡の資料展示ビデオが見られ、喫茶「柏」では名物「やいとうどん」や土産物の販売もしています。

柏原宿歴史館

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