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2022.08.18

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第14回 AKINDO塾 レポート

東京滋賀県人会では、滋賀県に所縁のある人々や会員同士の人脈形成、ネットワークの構築、知識の向上を支援する目的で、2016年秋以降『AKINDO塾』を定期的に開催しています。

第14回は、7月25日(月) ここ滋賀2階「近江牛 毛利志満」にて、講師に北 修爾 氏【元阪和興業㈱ 社長、会長】をお迎えし開催いたしました。

演題を「私の歩んできた道」として、官僚から民間企業の立て直しを実現されたご経験などについて、お話しいただきました。

北 修爾 氏

講演要旨は以下の通りです。

 

自叙伝「私の歩んできた道」(三省堂刊)を出して

                 阪和興業特別顧問  北 修爾

「私の歩んできた道」という自叙伝を出版したところ、経産省の後輩で同じくインドネシア勤務の経験がある塚本さんからお誘いを受け、お話をさせていただくことになった。官の世界で27年、阪和興業では社長として17年、会長として7年、合計24年勤務した。父の創業した阪和興業には、当時の経産省内藤官房長からの斡旋で入ることとなった。ニューヨーク駐在ということで、以前ロスアンジェルス領事の勤務があり、「憧れの」東海岸ということで、5年ぐらいのつもりで赴任した。

ところがバブル崩壊の影響で阪和興業が1200億円もの特別損失を出したことで、急遽呼び戻されて、社長に就任することとなった。友人からは、「よく焼き火箸を握る気になったね」と言われた。社長就任の挨拶では、「財テクからの決別と本業重視の経営」を表明した。幸いメインバンクの住友銀行から阪和興業を支援するとの文書をいただき、勇気づけられた。各方面に挨拶に行き、好意的に対応していただいたところもあったが、そうでない先もあった。それはそれで当方が蒔いた種であり、仕方ないと割り切った。「天下り」で会社の内情に疎かったので、ヒヤリングや小集団との昼飯会や飲み会を重ねた。ある時思いついて、江戸時代の目安箱に習い、「社長への手紙」を募った。1200人の社員のうち、三分の一から手紙が来た。会社への提言や財テク時代のあれこれなど、会社の強みと弱みが分かった。これを参考にしながら、中期計画を策定した。東京本社と大阪本社の社風の違いも気になり、人事交流を定期的に行うなど人事制度を一新した。仙台と福岡に新たに支店を置き、国内5店体制とした。年末には、社員全員から人事申告書を出してもらい、処遇の不満や異動への希望を書いてもらい、正月休みには、全員の人事申告書を読んだ。外国勤務や働きたい部署への希望など注目すべき記入は、ポストイットを貼って、人事部長に回し、出来るだけ希望を叶えるようにした。

人事ほど会社経営の帰趨を左右するものはない。商社は人が財産なので、いわゆるリストラは実施しなかった。阪和興業は商社なのに、パスポートを持っていない社員もいたので、全員持つようにした。独身寮も見に行って、評判の悪い賄い夫婦には辞めてもらった。国内が落ち着きを取り戻した後、東南アジアや欧米の取引先を回った。現地に長く駐在した社員も多く、改めて、商社は人が財産だと思った。1994年と2018年の決算の表を見ていただくと、売上高は、5400億円から1兆8000億円に伸び、当期利益は1252億円のマイナスから、173億円のプラスとなっており、鉄鋼の売上比率が72%から51%になっており、鉄鋼商社から、総合商社になったことがお分かりいただけると思う。創業者の父北二郎は、「会社の繁栄と社員の幸福は車の両輪」と言っていた。これは、当社の理念であり、会社経営は時代の変化に適応し、世の中のお役に立つ仕事をしていくことが肝要と考える。

●質疑応答

-自分は銀行時代、北二郎社長に大変お世話になった。いつも、相手の立場を考える方で、銀行にも儲かるように気遣っていただき、本当に立派な方だった。改めて、感謝申し上げたい。

(文責 塚本 弘)

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