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「滋賀の魅力」ブログ
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2020.08.27
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日本遺産・琵琶湖 祈りと暮らしの水遺産 草津のサンヤレ踊り
水遺産区分:水と祈りの文化
住所:(老杉神社)草津市下笠町1196 他、草津市内各所
交通:JR草津駅下車西口より近江鉄道バスからすま半島行「下出」下車徒歩5分
サンヤレ踊りは、室町時代後期から近世初期にかけて全国的に流行を見た風流囃物と楽器編成等が類似するもので、下笠の踊り子の衣装に1688(貞享5)年の年号が墨で書かれていることから、少なくとも江戸時代初期には存在しています。芸能の変遷を示し地域的にも特色を持った重要な民俗芸能です。湖上交通の要衝である志那港に通ずる集落で琵琶湖に流れる水の管理を行う水利共同体として、室町時代から行なわれている祭りです。地域で大切にされている水を敬い、その水の恵みから得られる農作物を守るため疫病や災い等を追い払い五穀豊穣を祈ります。地域で水と共に祈りと暮らしを見ることが出来ます。
サンヤレ踊り
草津市内の踊りは、矢倉の立木神社、下笠町の老杉神社、志那町の志那神社、志那中町の惣社神社、志那町吉田の三大神社、片岡町の印岐志呂神社、長束町の春日神社に伝承されており、5月3日にそれぞれの神社の祭礼の時に神輿に随行する等して踊られています。
老杉神社拝殿
この踊りは少年や青年等が楽器を持って簡単な踊りを行い、その周囲を笹や扇子等の採り物を持った者が、これを取り囲み囃し歌うもので、リズミカルに短い詞を繰返す歌詞の中に「サンヤレ」という囃子詞があることから、これが踊りの名称の由来になっています。その語源は、「幸あれ」の転訛かとも、また「参弥礼」(参は参る、弥はますますの繁栄、礼は礼儀を尽くす)を意味するとも、「疫神祓い」(「サン」はさあ、「ヤレ」は祓え)を指す等と、諸説あり定かではありません。
踊り手の持つ楽器は、太鼓、笛、摺鉦、羯鼓、摺ササラ、小太鼓等からなっています。下笠のサンヤレ踊りの場合は、これらの楽器の他に、鉦がつくなど最も豊富です。踊りは、踊り手一行が2列縦隊で進行し、踊り場に至ると、その両列が時に向かい合わせとなったり、時にコの字型を描いたりしながら、短い踊りを繰り返し行います。その踊りの列の中央に太鼓打ちと太鼓受けが位置し、太鼓受けが太鼓を持って逃げるように振舞い、これを太鼓打ちが追いかけて打ちます。
太鼓打ち、太鼓受け
私達が見学した下笠町参弥礼踊保存会の人の話では、練習開始は2月末からで、楽器と役者の踊りの厳しい稽古を重ねていくそうです。古来、地区居住の男性に限られていましたが、人数確保が難しい地区によっては、女性も参加するようになりました。
参弥礼踊保存会の旗
・文化財:
【国指定重要文化財建造物】老杉神社本殿、志那神社本殿
【国指定記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財】草津のサンヤレ踊り
・立ち寄り所:国指定史跡草津宿本陣、草津宿街道交流館、立木神社(1250余年の歴史を誇る滋賀県随一の古社)、デザインマンホール100選(広重草津宿)、惣社神社・三大神社・志那神社(藤の花の名所でサンヤレ踊りの時期に見事な花を咲かせます)、忍者弁当(1905(明治38)年、(株)日本旅行は滋賀県草津市にて創業者の南新助が、地域の人々に高野山詣、伊勢神宮参拝の世話をしたことから始まりました。南新助の家業は、現在も弁当の製造販売等をしている老舗「南洋軒」です。忍者弁当は手裏剣型のおにぎりに草津名物うばがもちや滋賀県名産海老豆煮等を盛りつけた昔ながらの幕の内弁当で草津駅にて販売されています)