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琵琶湖の美しい景色を求めて――琵琶湖八景の旅 四景 夕陽 瀬田石山の清流

公開日 : 2021.11.11
琵琶湖の美しい景色を求めて――琵琶湖八景の旅 四景 夕陽 瀬田石山の清流

琵琶湖の美しい景色を求めて――琵琶湖八景の旅 近江八景と琵琶湖八景

 

【情景】瀬田唐橋石山寺 名勝舊跡靜流隣

 

夕日に映える瀬田の唐橋は、瀬田川の清流に架かり美しく、この近くには石山寺等の名勝旧跡が多くある所です。鏡の様な川面に映る名月を愛でる石山の秋月は昔から風流人が愛した景勝地です。(夕陽は季節に関係なく「せきよう」とも読み、夕日・入りの日・斜陽・夕暮れ・夕方の意味です)

 

【名勝の場所】大津市唐崎町・石山寺他

夕日に映える瀬田川の流れに日本三名橋の一つ瀬田の唐橋が架かり、石山寺の鎮座する伽藍が聳える美しい風景です。古くから近江八景「瀬田夕照」「石山秋月」として滋賀を代表する景色として特に魅了された景観で、多くの文学作品や浮世絵にも登場しました。また瀬田の唐橋は、古くは日本書紀に壬申の乱の戦場として登場し、琵琶湖・瀬田川の東西を結ぶ唯一の陸路として、「唐橋を制する者は天下を制する」と云われ、諺『武士のやばせの舟は早くとも急がば廻れ瀬田の長橋』や民話『藤原秀郷のムカデ退治』等も生みました。

瀬田の唐橋

瀬田川は、琵琶湖から流れ出る唯一の天然河川で下流約16㎞の滋賀県と京都府の境から宇治川と名を変えて、そこから下流約9㎞の宇治橋を過ぎ、そこから更に下流15㎞の左から木津川と右から桂川との合流点で淀川と名を変えて、そこから下流約35㎞で大阪湾に注ぐ全長75.1㎞の淀川水系の本流です。琵琶湖国定公園は、この瀬田川沿いに宇治橋まで範囲が伸びています。この川は、数々の景勝地や歴史ロマンを秘め、また明治からは琵琶湖の水を制御する重要な河川構造物や宇治発電所に始まる電力開発の最先端を行く近代技術の見せ場でもありました。

瀬田川の清流

【見所】

建部大社:近江の一の宮、祭神は日本武尊で平治の乱に敗れた源頼朝が源氏再興を祈願した逸話が残り武運来運の神として信仰されています。

石山寺:747(天平19)年聖武天皇の勅命により良弁僧正が開祖した寺院です。境内には国天然記念物の巨大な硅灰石が聳えています。この石の上に建てられた国宝の本堂には、紫式部が7日間籠って源氏物語の構想を練ったと云われる源氏の間があります。また、国宝の多宝塔は、日本最古のものです。

石山寺

琵琶湖八景「夕陽 瀬田石山の靜流」の碑:大津市が昭和26年9月に建立した高さ1.75mの石碑で、石山寺公園(石山寺1丁目4番街区)内にあります。

瀬田石山清流の碑

瀬田川流域:日本最初の自記水位計のある鳥居川水位観測所、大津放水路、石山制水門、宇治発電所、南郷洗堰(明治期に造られた初代・左岸部のみ)と瀬田川洗堰(現在稼働中)、南郷水産センター、アクア琵琶湖等多くの見所があります。

大日山: 大津市黒津町にある標高129mの滋賀で一番低い山。奈良時代の僧行基が琵琶湖周辺の水害を防ぐ為、山を切り取ろうとしましたが下流の淀川の洪水を恐れ断念、大日如来を祀った事から大日山と呼ばれたと云われます。戦国時代には、琵琶湖に突き出した大日山の浅瀬が京へ兵を送る為には重要で、唐橋が落とされた場合に川を渡る唯一の場所となり、度重なる水害が起きても政府は、浅瀬の取り除きや川幅を広げることを許しませんでした。近江国の古代史を語る重要な山で、瀬田川に突き出していた山は大水害の障害になっていました。

瀬田の渓谷:大戸川の合流を過ぎ関津辺りにくると川幅が狭く流れが岩肌をかむカヌーの名所で鹿跳び渓谷とも云われ、花崗岩が流水によって削られた奇岩甌穴(米かし岩)があります。鹿跳の名は弘法大師が急流を渡れないでいると白い鹿が現れ、大師を背に乗せ岩を渡り跳んで霊木に導いたと云われます。

立木観音:毎月17日の月参りや初詣には多くの参拝客で賑わいます。670段の石段を登る苦労が報われます。

冨川磨崖石仏:高さ40mを越える大岩壁に阿弥陀三尊と不動明王が彫られています。

長石鉱山:ここの長石は陶器の釉として良質で信楽焼にも使われています。また花崗岩を浸透する水も良質でボトルウォーターとして販売されています。

 

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