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関東だより:直弼公と「茶の湯」──埋木舎・澍露軒──

公開日 : 2021.7.29
関東だより:直弼公と「茶の湯」──埋木舎・澍露軒──

関東圏の滋賀県人会の会員の皆さまより、近況報告、趣味、旅行、日本社会や世界への提言、随想など、バラエティー豊かな投稿記事を募集し、東京県人会のHP「いま滋賀」に掲載します。
今回は、1月21日に引き続き、埋木舎当主・駒澤大学名誉教授 大久保 治男様からのご寄稿です。


直弼公と「茶の湯」──埋木舎・澍露軒──

埋木舎当主・駒澤大学名誉教授
大久保 治男

大久保 治男氏

 

「滋賀縣人」第197号「関東だより」にて『「埋木舎」時代の文化人・井伊直弼公』と『「埋木舎保存に大久保家代々の奮闘」』について書かせていただきましたが今回より連載にて近江・彦根の偉人、井伊直弼についてテーマを分けて詳述させていただくこととなりました。

会報197号で述べたように、直弼は「お世継」ではなかった為、十七歳より三十二歳までの十五年間を埋木舎で質素な生活をされるが、向学心は旺盛にて「一日二時(ふたとき)──四時間──眠れば足る」と文武両道の修行に究極をめざして猛勉強していた。「茶・歌・ポン」のあだなの如く、「茶の湯」は特に深淵を極め一派を成す。

直弼は石州流家元の片桐宗猿に直接師事していた真野善次等に茶道の手ほどきを受け、宗猿にも指導を受けた。直弼の茶名は「宗観(そうかん)」──石州流の祖、片桐宗関と同音──又「無根水(むねみ)」──宗観の音読み──とも云う。

埋木舎で座敷より居間に行く廊下の角を少々拡げて質素な「お茶室」と一畳の水屋を造られる(屋根は母屋からの延長の為茶室の天井の一部が斜めであるがかえって風流である。躙口(にじりぐち)は無い)。直弼はこの茶室を澍露軒(じゅろけん)と名づけた。法華経の「甘露ノ法雨ヲ澍(ソソギ)テ、​煩悩ノ焔ヲ滅除ス」からとった。世間の雑念を排し茶の湯の心髄に迫る修行の室としようと。

澍露軒

 直弼は茶道の奥義を禅的な思想も加味し、「三言四句」の茶則を書く。清凉寺の仙英禅師も禅の精神を茶道の礎としたと直弼を称賛した(直弼は清凉寺へ熱心に参禅し仙英禅師より袈裟血脈を授与されている)。

三言四句とは、「茶非茶」(茶ハ茶ニ非ズ)「非非茶」(茶ニ非ザルニ非ズ)「只茶耳」(只茶ノミ)「是名茶」(是ヲ茶ト名ヅク)──和歌は省略──正に禅問答的である。わたくしの解釈は世俗で行われているような茶道は高貴ぶった贅沢な茶室やお道具、茶席の客人の格等を重視するので眞の茶道とは云えない。素朴な自然体の茶、禅、「無」の世界のような心境での茶道こそが眞の茶道での茶道では無く「心」や「気」そして質素倹約を守り「侘」の世界に没入することが直弼茶道の思想である。

弘化二年(一八四五)埋木舎の澍露軒主人として書かれた「入門記」には「茶道は心を修練する術である」「眞の茶道は貴賤貧福の差別なく自然体で常時心静めて喫茶する修行である」「快楽に耽ったり金持ちの玩弄物(もてあそびもの)となって御道具や茶室等贅沢なものになっているのは邪道である」と述べている。

直弼は若くして茶道の基本書「南方録」を学び自らも二十歳台で「栂尾みちふみ」や「閑夜茶話」の高度の茶書を著し、茶道具、香合等も自作し弟子たちに与えている。

筆者の曽祖父・大久保小膳も直弼より茶名を授かった十七名中、二番目に「宗保」の名を賜り、埋木舎でのお茶のお相手役や茶器の製作もごいっしょしている。

直弼がつくった茶道具、つくらせた茶道具

直弼の「茶道の政道の助となるべきをあげつらへる文」の中には「喫茶の道は、上は雲の上より下賤の田子に至るまで少しも違う事なく相応(ふさわ)しからぬ事もなく、誠に同じく行はれて、又富者・貧者、是又共に同じく楽まるるみちなれば」と藩主の子として当時では驚くほどの平等を説き、自らも実践した。

直弼は他にも、「入門記」「をりをり草」「炉風炉の分別」等の茶書も書くが何といっても安政四年(一八五七)に完成した茶道指導書「茶湯一會集」が有名であり直弼茶道の昇華されたものである(大久保小膳は安政四年にいち早く写本を許される)。茶本のエキスを少々述べれば

 

『一期一会』──「茶湯の交会は、幾度おなじ主客と交会するとも、今日の会(え)にふたたびかへらざることを思へば、実に我一世一度の会也」「主人は万事に心を配り、聊(いささか)も麁末(そまつ)なきよう深切実意を尽し……」

『余情残心』──茶会が終り主客退出の挨拶も終り、帰られる時は門前に立ち客が見えなくなる迄見送り、心残りを感じ、茶室に戻ってもすぐに取片付けなどすることは不興千万、今一度、炉前に独座して、今日の「一期一会」済て再び戻らない楽しい思い出として、客のことを思いながら一人で静かに一服茶をいただく(独服)昇華された茶人の心の深さ……寂寞とした静けさの中で茶釜の湯の音だけしかしない……茶席主人の客を思う深い心と戻らない人生における今日の茶会の思い出……

 

直弼はこの茶人の崇高な心境を『余情残心』『独座観念』と謂う。正に「和敬清寂」「侘び」の一服であり本日の茶会は一生一度の客との楽しい貴重なコミュニケーションであった事への高度な「心」の茶道であった。

 

○とも角に心の塵をまづ掃きてのむべかりけり宇治のつみ草

○散りかかる池の木の葉をすくひ捨て底のこころもいさきよきかな

(直弼の深遠な昇華された茶の湯についての和歌)

 

(追而)──ニュース──

過般、彦根市議会は全員一致で彦根市を「茶の湯の街」として条例化することとした──細部は未定──千利休の待庵等を中心とする「堺市」と松平不昧の明々庵等を中心とする「松江市」とそれに加え井伊直弼の埋木舎「澍露軒」を中核に「彦根市」が日本の三大「茶の湯」「茶道」で有名な都市となれば、滋賀県にとっても嬉しいことである。加えて県や市がユネスコに目下運動している「世界遺産」に彦根城跡(埋木舎も含まれる)がなれば直弼茶道・埋木舎も万々歳である。(県人会の皆様の力強い御応援をお願い申し上げます)

 

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