一般社団法人東京滋賀県人会

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日本遺産・琵琶湖 祈りと暮らしの水遺産 守山の湧水とホタル

公開日 : 2020.9.24
日本遺産・琵琶湖 祈りと暮らしの水遺産 守山の湧水とホタル

日本遺産・琵琶湖 祈りと暮らしの水遺産 はじめに

水遺産区分:水と暮らしの文化

住所:(ほたるの森資料館)守山市三宅町10番地 他守山市内各所

交通:JR守山駅下車西口より近江鉄道バス杉江循環「市民ホール前」下車徒歩2分

守山は、古くからゲンジボタルの生息地として知られていました。1902(明治35)年から天皇陛下へホタルの献上が始まり、守山のホタルは有名になっていきました。大正時代から昭和の初めには、ホタル祭りも盛大に行われ、京阪神から多くの人々が列車に乗って守山を訪れました。更に、1924(大正13)年にはホタルの発生地として第一号の天然記念物の指定地となりました。しかし経済の発展とともに生活排水、工場排水、農薬等が、ホタルの生息場所である水路を汚していきました。また、守山には明治時代よりホタルを売り買いするホタル問屋があり、ホタルを乱獲し続けました。こうした色々な要因が重なって、守山からホタルは姿を消し、1960(昭和35 )年には天然記念物の指定を解除されました。

ゲンジボタル

この様な時代背景の守山に南喜市郎という人物がいました。喜市郎は1896(明治29)年に守山町に生まれ、旧滋賀県立八幡商業高校を卒業後、家業の醤油製造業を手伝っていました。青年団長の時、1919(大正8)年元大阪毎日新聞社社長が守山を訪れ、ゲンジボタルの研究を勧められました。調査研究に没頭し、ゲンジボタルの幼虫がカワニナを食することを発見し、日本で初めて室内飼育に成功し、ホタルの保護活動にも力を入れました。この活動が、現在の守山のゲンジボタルの復活に繋がっています。

守山市では、ホタルの飛び交うまち守山となるような河川環境づくり「ホタルのよみがえる街づくり事業」を開始しました。鳩の森公園内や人工河川や市内各所の河川で整備事業が行われ、公的な場所を選択し、ゲンジボタルの幼虫の放流も開始されるようになりました。

1989(平成元)年ふるさと創生事業「ホタルの住むまち ふるさと守山」が開始。また「ほたるの森資料館」も開設されました。1999(平成11)年「守山市ほたる条例」が制定されました。一方、市民や市民団体も市内の河川の定期的な水質調査や清掃活動、ホタルマップの作成等に取組んで、市内の河川にもホタルが1996(平成8)年頃から再び飛翔するようになりました。

ほたるの森資料館

上流部が風化しやすい花崗岩で出来た野洲川は、中流部を過ぎた石部辺りから、川の水はかなりの量が地下に潜ってしまいます。これを「伏流水」と呼びます。湧水となって地上に現れるのが、ちょうど守山附近です。この地に残る「吉身」「住吉」「浮気」の地名等は、「良い水」「澄んだ水」「水気が浮き漂う」から付けられたと云われます。

資料館の水路

守山市のホタルの特別保護区域は、市民運動公園内ホタル河川です。指定保護区域は、河西川・ミソウチ川・目田川・鳩の森公園内ホタル河川・石関川(金森自治会館付近)・金森川と三津川(三津川公園(トップ画像)・東門院・守山駅前郵便局裏・守善寺前)・吉川・今宿川(勝部神社附近)・伊勢戸川・吉身川・守山川(浮気JRガード下)・立入町集落河川等があります。5月下旬には守山ほたるパーク&ウォークが開催され、土・日曜日にはエコバスが無料運行されました。ホタルの語源は「火垂る」「星垂る」と云われます。儚く美しいホタルを見に行きませんか。

守善寺前

・文化財:

【重要文化財建造物】勝部神社本殿、東門院石造五重塔、最明寺石造五重塔、懸所金森御坊石造懸所宝塔

・立ち寄り所: 守山市ほたるの森資料館、たねやクラブハリエ守山玻瑠絵館(英国の田園風景をイメージした和洋複合店)、WABARA Café(世界が注目の守山の薔薇農園「Rose Farm KEIJI」のわばらに気軽に触れる事が出来るカフェです。薔薇の花弁で作る世界でここにしかないメニューが楽しめます。プリンセス・マサコは、ここの育種家国枝啓司氏が1993年に作出しました。1オーダーで、わばら1輪プレゼントされます)

守善寺前

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